2021年4月19日月曜日

メキシコ現代史の一端を見せるメキシコ映画『グッド・ワイフ』

 流通マーケティング学科の丸谷です。43回目の執筆です。私はグローバル・マーケティング論(簡単にいうと海外でどのようにマーケティングを行なっていくのか)を専門分野にしているので、グローバル・マーケティングにおいて重要である海外事情について学習できる映画について紹介してきました。今回はDVDソフトが2021年2月3日発売されたメキシコ映画『グッド・ワイフ』について取り上げます。
 この映画のあらすじは以下の通りです。「1982年、メキシコシティの高級地区ラスロマス。実業家の夫との間に3人の子供に恵まれたソフィアは、高級住宅街にある美しい豪邸で満ち足りた生活を送っていた。セレブ妻たちのコミュニティに女王のごとく君臨していた彼女は、証券会社の社長を夫に持つ、垢抜けない“新入り”アナ・パウラの出現が気に入らない。だが、歴史的なメキシコの経済危機が到来し、富裕層を直撃。突如として、ソフィアの完璧な世界は崩壊し始める…」(今回画像など素材を提供いただいた同映画の配給元ミモザフィルムのホームページより抜粋)。
 
生まれながらのセレブのソフィア

 
新興セレブのアナ・パウラ

 この映画は一見すると、日本語タイトルである『グッド・ワイフ』、メキシコ版アカデミー賞アリエル賞4部門(主演女優賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音楽賞)受賞、宣伝に用いられているセレブ奥様を写したキービジュアルゆえに、単なる新興国のセレブ映画とも受け取れます。私も2020年7月の公開当時コロナ禍でのオンライン対応に追われ、公開されたことはわかっていたのですが、見に行くことがなく公開が終わってしまっていました。
 しかし、ソフトが発売され鑑賞してみると、強く押し出している側面と異なる部分に目が行き、少し異なる印象の映画でした。映画が描く当時のメキシコの状況を理解していたからだと考えられます。簡単にでもメキシコ現代史の転換期となった1980年代のメキシコ経済危機について理解し、そのことを踏まえて見てみてください。
 私は1970年この映画の舞台であるメキシコシティに生まれ、この映画の背景にあるメキシコ経済危機の直前に当たる1981年の時期にメキシコを訪れたことがあります。私が生まれた時期の状況に関しては、ネットフリックス作品でありながら、第91回米国アカデミー賞10部門にノミネートされ、外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞した当時のメキシコ中流家庭とその家政婦の日常が描かれた『ローマ』に描かれています。合わせてみるとメキシコの現代史を理解するのに非常に有益です。
 この映画はメキシコ経済危機を、『ローマ』で描かれた伝統的メキシコセレブにとっては安定の時代の没落という視点から描いています。日本で見られている多くのメキシコ映画やドラマは、どうしてもメキシコから米国への移民や麻薬組織との関わりについて描かれたものが多く、『ボーダーライン』『カルテルランド』『ノー・エスケイプ』がその代表ですし(詳細は以下で示す拙著参照)、ネットフリックスのドラマシリーズの『ナルコス』はエンターテインメントとしても面白いため、イタリアのマフィアを題材にした映画や、日本でかつて仁侠映画が流行ったのと同様に理解できます。
 
拙著『現代メキシコを知るための70章(第2版)』明石書店、2019年より。

 メキシコ現代史の側面を切り取った傑作『ローマ』と同年の公開であったこともこの映画にとって少し不運だったのかもしれません。メキシコ版アカデミー賞では『ローマ』が主要賞の多くを獲得し、『グッド・ワイフ』も健闘したものの、『ローマ』と同じ年でなければ、もっと評価されたかもしれません。結果的に、『ローマ』よりも評価された主演女優や彼女の衣装やメイクアップをアピールすることにつながったのかもしれません。
 この映画が描いた1980年代後半冷戦構造が崩壊後始まった経済のグローバル化も約40年を経てコロナ禍で一段落しつつある現在、経済のグローバル化の起点となった冷戦構造崩壊を日本ではあまり注目されてこなかった側面から見つめ直すことができるこの映画を見つつ、当時の状況を学習してみるのもいいかもしれません。 
                  (文責:流通マーケティング学科教授 丸谷雄一郎)