2017年8月21日月曜日

映画『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方~』を鑑賞して外交力の重要性について考えさせられました

流通マーケティング学科の丸谷です。19回目の執筆です。私はグローバル・マーケティング論(簡単にいうと海外でどのようにマーケティングを行っていくのか論じる学問)の専任教員です。グローバル・マーケティング論の授業でも、毎年事例として中米地峡諸国に関して取り上げています。今回は中米地峡諸国において唯一経済発展を遂げているコスタリカに関する興味深い映画『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方~』が公開されたので、紹介したいと思います。

私は日本では西友を展開している世界最大のウォルマートという小売業者について研究しているので(詳細は、インド調査前編に書いてありますので、そちらを見て頂ければ幸いです)、ウォルマートが進出している国に関してはアフリカの一部の諸国を除いて訪問し、現地調査をしています。今回取り上げる映画の舞台であるコスタリカもウォルマートの現地調査でこれまで2回訪れたことがあります。


  メキシコとコロンビアの間の中米地峡の南側に位置するコスタリカ

            

コスタリカは米国の南に位置する大国メキシコのさらに南の細長い中米地峡の南側に位置します。中米地峡諸国5か国(北からグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ)は、長年のスペインの植民地時代を経て、1823年に5カ国が中米連邦共和国として独立した後、5つに分裂した歴史があります。そのため、5か国は現在でも一体として捉えらえることが多いです。ちなみに、その他の中米の小国2か国に関しては、地理的に近いので関係は強まりつつありますが、5か国に比べると関係は強くはありません。運河で有名なパナマは20世紀初めまではコロンビアの一部でしたので、南米の北端ともいえますし、長年英国領であり1981年に独立したベリーズは歴史も短く英語圏であるからです。

コスタリカは、関係が深い中米地峡諸国5か国で唯一1人で普通に昼間なら自由に出歩ける治安のよい国です。その他の国は1970年代後半からの中米内戦の影響もあり、現在でも治安が悪い状況にあります。英国シンクタンクニュー・エコノミクス財団による「地球幸福度指数」では、コスタリカは2009年版、2012年版、2016年版と3回連続第1位となるなど、コスタリカは世界で最も幸福な国ともいわれています。

コスタリカは映画にて詳細に解説されるように、軍隊を廃止して浮いた予算を教育に配分し、高い教育水準を達成しています。そして、治安のよさや教育水準の高さを梃に、インテル社など世界有数の多国籍企業を自国に誘致し、付加価値の高い製造業を定着させ、中米5か国では例外的な経済発展を達成しています。近年では製造業以外に米国企業のコールセンターなど多くのサービス業も進出し、そのうち1社がウォルマートです(中米地峡諸国の中での例外的な発展とサービス業の参入について詳細は、拙著『ウォルマートのグローバル・マーケティング戦略』創成社、2013年でも取り上げています)。


今回取り上げる映画『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方~』は、上記の経済発展の前提となった常設軍隊を廃止したいきさつ、米国を中心とする国際社会からの圧力に屈せず平和国家を維持するための外交努力、グローバル化による貧富の格差の強まり、現在の大統領であるソリス氏の当選までをセクションに分けて89分で小気味よく描いています。この小気味よさは、国際社会に明確なメッセージを簡潔に打ち出すコスタリカに通じています。
 

さらに、この映画は、明確な主張を達成していくために彼らが兼ね備えるバランス感覚と忍耐強さも持ち合わせています。この映画では彼らがいきなり平和国家を達成したわけではないことをバランスよく描いています。

映画序盤では、コスタリカの軍隊廃止の元の考え方として、米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの軍隊をなくそうとした考え方を取り上げたり、軍隊廃止後の福祉国家建設の基本的考え方としてアメリカのニューディール政策の基盤となったケインズ経済学を取り上げたりしています。このことによって、コスタリカの基本的な考え方が国際社会でも一般的に受け入れられうる考え方であることを具体的に示しています。

映画の中盤では、米国が冷戦下での中米介入以降の湾岸戦争やイラク派兵などに関しても丹念に描き、現実的な対応としての軍隊廃止後の中立宣言と、その後の外交努力について示しています。特に明確な主張が国際的に認められた事例としては、中米和平達成の立役者として1987年にラテンアメリカの元首として初めてノーベル平和賞を受賞したアリアス元大統領の偉業を示しています。

         1987年にノーベル平和賞受賞したアリアス元大統領

さらに、映画の終盤では平和国家として成熟したコスタリカの良い面です。ニカラグアとの国境紛争を軍事衝突ではなく、国際司法裁判所で主張することによって解決したり、イラク派兵に関して一学生が勝ち得た違憲判決に基づいて賛同を撤回したりするといった内容と同時に、私が研究対象とするウォルマートの進出を含む経済のグローバル化によって拡大した格差の問題についても冷静に描き、最後に格差の問題を訴えて当選した2大政党以外から選出された大統領についても言及しています。
          

 2014年に2大政党でない市民行動党から選出されたソリス大統領
コスタリカという中米の小国で達成された奇跡は、小国だからこそなしえることができたという側面はありますが、彼らの巧みな外交に関しては、同じく第2次大戦後高度な人材を基盤に発展してきたにもかかわらず、外交が必ずしも巧みであるとはいえない日本にとっても参考にする部分は多くあると考えさせられました。大作ではないので、シネコンなどの上映はなされておらず、私が観賞したのも渋谷のアップリンクというミニシアターであしたが、朝10時半からの1回上映には多くの皆さんがいらっしゃっていました。

私が観賞した渋谷での上映は終了しましたが、自主上映会は各地で続いており、劇場公開は今後神奈川、大阪と続くそうです詳細は、公式ページFacebookページ を参照)。機会があれば、鑑賞してみてはいかがでしょうか。

                  (文責:流通マーケティング学科 丸谷雄一郎)