経営組織論やケース分析(実際の企業がどのような戦略で高業績を獲得したのかを分析する授業)を担当している山口です。
4月に入学した1年生も、授業が始まって2カ月たち、大学生活に慣れてきたことと思います。ただ、この時期そろそろ気になってくるのが、7月の期末試験(定期試験)や、期末レポートではないでしょうか。
そこで今回は、よいレポートを書くためには何が必要なのか、「ビジネスの現場で活かせるような」レポート執筆スキルを身につけるには、何に気を付ければよいか、について解説したいと思います。
1.クイズ:以下のどちらが優れたレポートでしょう?
まずは、以下の2つのレポートの、どちらがより優れたレポートか、考えてみて下さい(※今回は、2つの解答例の対比を明確にするため、レポートの字数をかなり少なくしていますが、実際のレポート課題の字数はもっと多いです)。
レポート課題:以下の課題文を読み、あなたの考えを400字以内でまとめなさい。
課題文:社会人になるまでに、日本人全員が実用英語を使いこなせるようにしなければいけない。その背景の一つは、情報技術(IT)革命の爆発的な進行である。国際的にインターネットを利用するには英語が不可欠になっており、英語ができないということは、国際的な情報社会における孤立を意味している。それゆえ、日本の経済が衰退しないためには、日常的な英語の使用が必要なのである。例えば、英語を公用語としたシンガポールの経済発展がそのことを例証している。したがって、日本もまた、英語を第二公用語とする方向に向かわなければならない。
(出典:野矢(2001)140-141ページ)
解答例①
私は、この課題文の著者の意見に反対である。
その理由は2つある。第1に、英語を第二公用語とすると、日本の文化が失われる危険があるからである。言語は単なる情報伝達の手段ではなく文化であり、日本語には、日本人のものの見方や世界観が織り込まれている。したがって、日本人にとって、英語は決して日本語と対等のものにはならないし、そのようなことを目指すべきでもない。
第2に、現在のような国際社会でも、仕事によっては、英語をほとんど使わない者もいるからである。私の兄は、大学までは英語の学習に力を入れており、就職活動では履歴書にTOEICの点数も記載したが、企業に就職してから英語を使う仕事は全くしていないといっていた。
以上から、私はこの課題文の著者の意見には反対である。(40字×10行=400字)
解答例②
私は、この課題文の著者の意見に反対である。
その理由は、著者の挙げる理由に2つの問題があるからである。第1に「IT革命が進行する中では、英語ができないと国際的な情報社会において孤立し、日本経済が衰退する」という理由は成り立たない。日本人「全員」が英語ができないと国際的な情報社会で孤立するのであれば、現在も日本は孤立しているはずであるが、そうはなっていないからである。また、それがどのように日本経済の衰退につながるのかも明確ではない。
第2に、シンガポールの経済発展が、英語を公用語としたことによるものかどうかが明確でない。もし別の要因で経済が発展したのであれば、日本が英語を第二公用語としても、シンガポールのようには経済発展しないだろう。
以上から、私はこの課題文の著者の意見には反対である。(40字×10行=400字)
もしかしたら、「どちらもそれぞれに優れている」と迷ってしまった人もいるかもしれません。しかし、実は、このレポート課題の出題意図を考えてみることで、この2つのうちどちらかは全く評価されないものだということがわかります。
以下では、その点について解説しましょう。
2.クイズの解説
まず、このレポート課題では、「以下の課題文を読み」とあるので、課題文に関する自分の考えを述べなければならないことがわかります。さて、このとき、課題文に対する自分の考えをきちんと述べているのは、どちらでしょうか?
そうです、解答例②なんですね。
解答例①は、課題文をほとんど読まなくても(第一文だけ読めば)書けます。単に、英語第二公用語化に対する自分の意見を書いているだけだからです。
それに対し、解答例②は、課題文全体をよく読んで、「課題文は、どのような理由・根拠に基づいて、英語を第二公用語化しなければならないと言っているのか」を読み取り、それを分析して、課題文の問題点を述べています。
要するに、解答例②のほうが、課題文の分析の精度が圧倒的に高く、その点で課題の趣旨に沿った優れたレポートといえるのです。
ちなみに、解答例①のように、ある主張と対立するような主張を立論することを、「異論」といいます。
解答例②のように、ある立論の論証部(根拠や理由)に対して反論すること(対立する主張までは出していない)を「批判」といいます。
3.経営学的に正しいレポートとは?
大学、特に経営学部で重視されるのは、実は「批判」の能力です。なぜなら、社会に出てからは、「批判」を通じて、主張の根拠が正しいかどうかをしっかり吟味できる能力が重要になるからです。
例えば、ある企業における「今後、我が社の業績をより向上させるために、戦略Aと戦略Bのどちらをとればよいか」という問題について考えてみましょう。戦略AとBのどちらが正解かは、究極的にはやってみないとわかりません。しかし、どちらの戦略をとるかは、やってみる前に決めないといけないわけです。
この場合、「戦略Aと戦略Bがどのような根拠に基づいて提案されたのか?」を検討し、より適切な根拠に基づく戦略を採用するしかありません。
判断の根拠となる情報やデータが間違っていたら、正しい判断はできないからです。
この時、重要になるのが、「批判的思考力」=それぞれの立論の論証部(根拠・理由)について反論すべき部分を見つける能力です。
企業組織のメンバーが、この能力をしっかり身につけていれば、以下の4段階のプロセスを通じて、皆で協力しながら、適切な根拠に基づくよりよい決定ができるようになります。
(1)戦略Aと戦略Bのそれぞれについて、その戦略を採るべきだと主張する根拠を提示してもらい、それぞれの根拠について、皆で「批判」を行う
(2)「批判」を通じて明らかになったそれぞれの根拠の問題点をカバーできるような、より説得的な根拠を皆で考える
(3)新たな根拠について、また皆で「批判」を行う(これを必要なだけ繰り返す)
(4)より説得的な根拠に基づいて提示された戦略案を採用する
上記のレポート課題も同様で、「英語を第二公用語化すべきだ」という主張に対し、解答例①のように、「そんなことはすべきではない」と言ってみても、話はすれ違うばかりで議論になりません。
しかし、解答例②のように、「英語を第二公用語化するべきだという意見の根拠2つには、○○、××という問題がある。だからあなたの意見は採用できない」と、相手の根拠の問題点を指摘してやれば、相手はそれに対してより説得的な根拠を考えることもできます。
逆に、「批判」をした側が、「英語を第二公用語化すべきではない」という主張を、根拠も併せて提示してくれれば、相手はそれに対して「批判」をすることもできるようになります。
こうした「批判」ができるようになると、組織的に(=メンバー全員の叡智を結集しながら)、一人では考えつかなかったような説得的な根拠に基づいて、よりよいアイデアを選べるようになるわけです。
これは、一人では考えつかないようなイノベーションのアイデアを生み出すことにもつながります。
一般的には、「批判」をすると、相手と「対立してしまう」と思っている人が多いのですが、こうしてみると、「批判」は「対立」ではなく、むしろ相手の「援護」にもなっていることがわかるでしょう。なぜなら、「批判」によって相手は自分の根拠をより良いものにするきっかけを得ることができるからです。
むしろ、相手と、解決できないほど深刻な「対立」を生むのは、「異論」だけを主張して相手の意見を聞かない姿勢のほうなのです。
4.経営学部のレポート・ゼミ論文・卒論を通じて何を学ぶか?
以上で見てきたように、大学で、「課題文を読み、あなたの考えをまとめなさい」というような課題が出されるのは、皆さんに、主張が正当な根拠に基づいたものかを的確に判断する能力やスキルを身につけてもらうためです。
したがって、解答例①のように、ある意見の根拠をしっかり吟味することなく、自分の意見だけを(根拠も明確にせずに)ただ書いただけのレポートが、優れたレポートと評価されることはありません。
企業経営については、「この企業が儲かっているのは○○だからだ!」などと、インターネットを検索すればさまざまな分析記事が出てきます。ゼミの研究で行き詰ったときなど、そうした分析記事の内容を鵜呑みにしたくなることもあるかもしれません。
しかし、大学のゼミや卒業論文で研究をする意義は、
①大学の授業で身につけた批判的思考を使って、これまで言われてきたことが、適切な根拠に基づく信頼できる内容かどうかを吟味し、
②もしそれに問題があった場合には、授業で学んだ経営学の専門知識を使ってより適切な説明を考えられるようにすること
にあります。
こうした学習を通じて、批判的思考力、経営学の専門知識をしっかり身につければ、就職活動でも、「これからはこの業界がいい!」などの怪しげな情報を鵜呑みにすることなく、自分にとってどのような企業がよいのかを自信をもって選択することができますし、入社してからも、仕事でどのような判断をすればよいのかを、自分一人で、あるいは皆で協力し合って考えていくことができるでしょう。
是非、レポート課題を、社会に出てから必要な「批判的思考力」を身につけるトレーニングの場ととらえて、1つ1つ大事に活用していただければと思います。
文責:東京経済大学経営学部准教授 山口みどり
参考文献:野矢茂樹(2001)『論理トレーニング101題』産業図書.