2018年3月23日金曜日

就職活動をのりきるために知っておきたい採用の舞台裏:経営学からみた企業の採用活動

 経営組織論・ケース分析を担当している山口です。3月も下旬になり、新4年生の就職活動も本格化し始めました。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というように、内定獲得のためには「敵(=企業)」が何を考えているかを知ることも重要です。
 そこで今回は、皆さんが内定を勝ち取るべき「企業」の視点に立ち、企業が何を考慮して採用プロセスを設計しているのかをみてみましょう。(以下では、「どうすれば優秀な人材を採用できるのか?」についての研究を体系的に整理した、横浜国立大学の服部泰宏先生の『採用学』に基づき議論を進めていきます。)

 企業にとって、自社に合った優秀な人材を採用できるかどうかは非常に重要な問題です。「よい人材に応募してもらうには、どのような媒体にどんな情報を提示すればよいのか」、「応募してきた学生が、よい人材であるかどうかをどのような基準で判断すればよいのか」、「どうすれば内定を出した学生が辞退せずに入社してくれるか」・・・などなど、採用に関する悩みは尽きません。こうした悩みを解決すべく、様々な採用方法が開発されていますが、実はその中には経営学の視点から見ると「?」となるものも多いのです。
 今回は、企業の採用プロセスのうち人材の「募集」と「選抜」の二つを取り上げ、日本企業の採用担当者の「常識」と経営学の「研究成果」を比較してみたいと思います。

1.人材の募集方法にまつわる常識と経営学の研究成果

 まず質問です。皆さんは、以下のAとBのうち、よりよい人材を採用できるのはどちらだと思いますか?

A:100人の応募者の中から1人を選んだ場合
B:1000人の応募者の中から1人を選んだ場合

 日本企業の採用担当者の「常識」をみてみましょう。彼らは、Bのほうがよりよい人材を採用できると考えてきました。より正確に言うと、「その企業への応募者数が多くなればなるほど、そこに含まれる優秀な人材の数は多くなる」と考えてきたのです。こうした考えをもつ企業はできるだけ多くの応募者を集めようとするため、応募倍率が数千倍(数千人に1人しか採用されない!)になることも稀ではありません。

 ところが、経営学の研究では、Bのように「できるだけ多くの応募者を集めてその中から自社に適した人材を選ぶ」という方法は企業にとっても応募者(学生)にとってもよくない結果をもたらすことが明らかにされています。
 なぜでしょうか?
 確かに、多くの応募者の中から選抜すれば、より優秀な人を採用できるかもしれません。しかし、この方法で採用された人材は入社後すぐに辞めてしまう可能性が高くなるのです。というのは、多くの応募者を集めようとする企業は、自社を魅力的に見せるために、しばしば「よい情報」だけを提示します。それを見た学生は、その企業に対して「こんなにいい会社なんだ!」と過大な期待を形成しやすくなります。こうなると、せっかく採用されても、入社後に現実の企業をみて幻滅する可能性が高まります。こうした期待と現実のズレによって引き起こされたリアリティ・ショックは、新人の離職につながることが実証されているのです。

 企業としては、せっかく優秀な人材を採用しても、すぐに辞められてしまったら採用活動を行った意味がありません。採用された学生にとっても不幸なことです。
 このような理由から、日本企業が常識として行っている「できるだけ多くの応募者を集めてその中から自社に適した人材を選ぶ」という方法は、企業と学生(応募者)の双方にとってよくない結果をもたらす方法だとされているのです。

2.人材の選抜基準にまつわる常識と経営学の研究成果

 企業がよい人材を採用するためには、適切な募集方法をとるだけでなく、応募してきた学生の「選抜」を適切に行う必要があります。では、よい人材を採用するためには、どのような選抜基準を用いればよいのでしょうか?
 まず、日本企業の選抜基準の「常識」を知るために、経団連の「新卒採用に関するアンケート調査」を見てみましょう。

「選考時に重視する要素」の上位5項目の推移
(出所:日本経済団体連合会(2017))

 このグラフは、企業が選考に当たって重視した要因を、20項目の中から五つ選んでもらった結果、上位5項目に入ったものの推移です。コミュニケーション能力は15年連続で第1位、主体性は9年連続で第2位になっており、これらの能力を選考で重視するのは「常識」になっているといってもいいでしょう(もっともこの調査は、経団連の会員企業1339社のみを対象としており、回答した企業はそのうち553社だけなので、日本企業全体を調べたら違う結果になる可能性もあります。)

 皆さんは、これをみてどう思いましたか?「確かに、こういう能力をみれば、仕事で高い成果を出せるようなよい人材かどうか判断できる!」と納得できましたか?
 非常に難しい問題ですが、実は『採用学』では、この問題を考えるための面白い視点が紹介されています。選抜基準は「人間の能力の可変性」に基づいて決めるべきだという視点です。
 人間の能力には、「極めて簡単に変わるもの」と「非常に変わりにくいもの」の二つがあります。「簡単に変わる能力」は、別に採用段階で持っていなくても採用後に育成することが可能ですから、採用段階でしっかりみる必要はありません。しかし、「非常に変わりにくい」能力は、採用段階でちゃんとみておかないと、後々どうしようもなくなってしまいます。したがって、選抜基準は、仕事で必要な能力のうち「非常に変わりにくい能力」を応募者が持っているかどうかをみるものでなければならない、というわけです。

 では、「極めて簡単に変わる能力」と「非常に変わりにくい能力」とは、具体的にどのような能力なのでしょうか?『採用学』では、ブラッドフォードの研究に基づき、以下のようなリストが紹介されています。

変わりやすい能力と変わりにくい能力のリスト(出所:服部(2016)129頁)

 ここで注目すべきは、日本企業が採用段階で重視している「コミュニケーション能力(口頭・文章)」は、「比較的簡単に変化する能力」に分類されていることです。『採用学』を書かれた服部先生は、コミュニケーション能力が仕事をする上で重要な能力であることは認めつつも、それが果たして採用段階で重視すべき能力であるかは疑問だと指摘されています。


3.経営学を、就職活動や大学生活にどう活かすか?

 上記の研究成果は、大学生にとって大きな示唆を与えてくれます。
 「大学でコミュニケーション能力を身につけたい」という人は多いのですが、先ほど見たように、コミュニケーション能力は比較的簡単に習得できる能力です。もし大学4年間をコミュニケーション能力の習得だけに費やしてしまうと、たとえ就職できたとしても、その後、仕事をしていくうえで必要な能力(例えば、非常に変わりにくい能力である「知能(論理的推論能力や空間把握能力)」・「創造性」・「概念的能力」など)がなかなか獲得できずに伸び悩んでしまうかもしれません。
 「就職できればよい」という短期的な視点で考えるのではなく、その仕事を通じて成長し、長期的に成果を上げていこうとするならば、4年間の大学生活で「非常に変わりにくい(が仕事で必要な)能力」の獲得を目指すべきなのかもしれません。

4.まとめ:就職活動をしている大学生・これからゼミに入る大学生へ

 さて、今回は、日本企業の採用担当者がどのような考えに基づいて採用方法をデザインしているのかを紹介しつつ、それを経営学の視点から問い直してみました。こうして採用の舞台裏をのぞいてみると、企業の採用プロセスは、まだまだ改善の余地のある「発展途上の」ものであることがわかります。そうした「発展途上の」採用プロセスの中で、たとえ不採用になってしまったとしても、「自分が否定された」などと落ち込む必要はないんです。一人の人間の人間性全部を評価できるような採用システムは存在しないので、「企業はどのような選考基準で何を見ようとしているのか?」「自分はそれにどう応えるのか?」を冷静に分析し、前向きに次に進んでいってほしいと思います。

 最後に、今回のブログで取り上げた『採用学』という本について紹介したいと思います。この本は、昨年山口ゼミで皆で読んだ本なのですが、採用にまつわる「常識」と、それを新たな視点から問い直す研究が、ここに紹介した以外にもたくさん書かれています。単なる採用についての本ではなく、「研究の見本帳」のような本なのです。これを読むと、「経営学の研究とは何なのか?」が具体例を通じてわかります。(スポーツなどでもそうだと思いますが、単に「こうするんだよ」と説明されるだけでなく、実際に見本やお手本を見せてもらうと理解が深まりますよね。)
 ゼミに入って、「グループ研究(または個人研究)をしなきゃいけないんだけれど、どうしよう・・・」「卒業論文って何をしたらいいんだろう?」と戸惑っている人は、論文の書き方のガイドブック(東経大の図書館にたくさんあります)と合わせて、是非こちらも読んでみて下さい。

参考文献
服部泰宏(2016)『採用学』新潮社.
日本経済団体連合会(2017)「2017 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」
 (https://www.keidanren.or.jp/policy/2017/096.pdf)2018年3月15日閲覧.

(文責:山口みどり)