2018年5月25日金曜日

スティーブ・ジョブズのiPhoneのアイデア創造プロセス:「常識を疑う」ための思考法

 経営組織論・ケース分析を担当している山口です。前回・前々回のブログでは、社会に出るときに必要になる「他者とは異なるものの見方」とは何か、について説明しました。(http://tkubiz.blogspot.jp/2018/03/blog-post_23.html http://tkubiz.blogspot.jp/2018/01/blog-post_23.html
 ここで問題になるのは、自分が他者とは異なるものの見方」をできるようになるには、どうすればよいのか?ということです。そこで今回は、他者とは異なるものの見方をするための「思考法」を紹介したいと思います。(以下では、山口ゼミで必ず最初に読むテキストである『知的複眼思考法』(苅谷, 2002)の第3章・第4章の内容に基づいて、解説していきます)

 まず最初に、ビジネスにおいて、「他者と異なるものの見方」をしたおかげで成功したiPhoneの事例を紹介しましょう。
 アップルがiPhoneを開発したきっかけは、当時CEOだったスティーブ・ジョブズの「今の携帯電話はなぜこんなに使い勝手が悪いのか?」という不満にあったそうです(高尾, 2004)。
 このことを知ったとき、私は結構ショックを受けました。私も、当時ガラケーは非常に使いにくいと思っていたのに、その不満をiPhoneのような新しい携帯電話の構想につなげることができなかったからです(笑)。私もそうですが、世の中のほとんどの人は、携帯電話が多少使いづらかったとしても「携帯とはそういうものだ」と考えて問題を見過ごしてしまい、それをきっかけに自分で新しい携帯電話を作るところまではいかないのではないでしょうか。
 しかし、スティーブ・ジョブズは、既存の携帯電話が抱える「問題」を見逃さず、そのおかげで、携帯電話のあり方をガラッと変えてしまうような「革新的な解決策」=iPhoneを出すことができました。実際、iPhone登場後にアップルの業績が急速に改善し、2012年に同社の時価総額が世界最大になったことを考えると、このときジョブズが発見した「問題」と「解決策」がいかに価値のあるものだったかがよくわかります。
 このような事例を見ると、新たなビジネスチャンスを開拓していくためには、他者が見過ごしている「問題」を発見し、それに対し「独自の解決策」を出すことが必要であることがわかります。そこで今回は、「どうすれば問題を発見できるのか?」「その問題に対して、自分なりの解答を出すためにはどうすればよいのか?」を考えてみたいと思います。


ステップ1 「なぜ」を問う

 ジョブズは、「なぜ携帯電話はこんなに使い勝手が悪いのか?」という不満をきっかけにiPhoneの開発に着手しました。このように、他者が見過ごしている問題に気づき、それについて深く考えていくための最初のステップは、「なぜ~なのか?」という形で問いを立ててみることです問いの内容は何でもよいのです。音楽が好きなら、「なぜ最近のアーティストはライブに力を入れているのか?」という問いを立ててもいいし、受験が気になるなら、「なぜみんなが第一志望の大学に入れるようにならないのか?」という問いを立ててもいいし、あるいは就職活動をしている大学生だったら、「なぜ日本企業では労働時間が長いのか?」という問いを立ててもいいのです。(最後の問いが気になる人は、経済学部ブログの安田先生の記事も参考にしてみてください)
 まずは、興味のあることについて、「なぜ~なのか?」という疑問文を、日ごろから作る練習をしてみましょう。

ステップ2 原因は二つ以上に分解する:関係論的なものの見方

「なぜ~なのか?」という問いだけ考えて、それが解決できない状態というのは、非常にモヤモヤするものです。そのため、多くの人は、つい「わかりやすい答え(大抵は「常識」的な答え)」に飛びついてしまい、ジョブズのように「深く」考えることができません。
 では、どうすれば、思いついた疑問に対して「深く」考えをめぐらし、自分なりの考えをまとめることができるのでしょうか?
 
 一つの方法は、目の前にある問題を、複数の要因の複合体とみなし、その問題を複数の視点から「多面的に」とらえられる状態を作るということです。
 例えば、ジョブズは「携帯電話の使い勝手の悪さ」を、「複雑であること」、「使い方がわからない機能が多いこと」、「無駄な機能が多いこと」の三つに分解し、それぞれを解決することで、「使いやすい」携帯電話(iPhone)を作りました。
 このように、問題をいくつかに分解し、自分でも解決できるような形にすることで、既成概念(常識)に飛びつかなくても、問題を自分なりに解決し、モヤモヤを解消することができます。
 
 この方法の威力を実感してもらうために、一緒に練習問題を解いてみましょう。まず、下の三つのグラフのうち、真ん中のグラフを見てください。これは、学習塾などを含む教育産業の、5~24歳の人口1人当たりの市場規模の推移です。日本の市場規模は他国に比べれば小さいとはいえ、1980年以降、ほぼ一貫して拡大してきたことがわかります。
 これをもとに、まずはステップ1「なぜ~なのか?」という疑問文を考えてみましょう。

出所:酒井(2013)

 
 どのような疑問文ができましたか?いろいろな疑問文があり得ると思いますが、ここでは「なぜ、少子化にもかかわらず、教育産業の(5~24歳の人口一人当たりの)市場規模は拡大しているのか?」を考えてみましょう。
 皆さんは、この原因はどこにあると思いますか?
 常識的に考えれば、「(一時より激しくなくなったとはいえ)まだまだ受験での競争があるからだ」という解答が出てきそうです。しかし、そこで「解決した」と思考停止してしまっては、面白くありません。ここでは、もう一歩踏み込んで考えてみましょう。
 この問題の原因を、二つ以上に分解するとしたら、あなたは何と何に分けますか?
 
 経営学を学んだことのある人なら、市場規模の拡大の原因は、「顧客のニーズの変化」と「企業の顧客への働きかけ(戦略策定や広告・宣伝などのマーケティング)」の二つに分解できる、と考えるかもしれません。(この二つに分けるのが「正解」というわけではなく、他の分け方ももちろんあり得ますが)とりあえずここではこの二つに分けて考えてみましょう。

 まず、顧客側の要因を考えてみると、教育産業の市場規模が拡大している原因としては、
社会全体が豊かになり、学習塾などに子供を通わせるくらいの教育費を支出できる家庭が増えたからだ
少子化で子供の数が減ってきたので、子供1人当たりにかけられる教育費が増加し、塾に子供を通わせられる家庭が増えたからだ
というような説明が考えられます。

 次に、企業側の要因について考えてみると、教育産業の市場規模拡大の原因は、
塾が、顧客を増やすために、より多くの顧客にアピールできる製品・サービス(新しい指導方法や教材など)を開発したからだ
より多くの顧客を獲得するため、それぞれの塾のマーケティングスキル(広告宣伝など)が向上し、大きな市場が開拓されたからだ
というような説明もできるかもしれません。

 以上をまとめると、「社会が豊かになったことや少子化が進んだことにより、子供1人当たりにかけられる教育費が増加した」という顧客側の要因と、「新しい製品・サービスの開発やマーケティング技術の向上により、より多くの顧客の獲得に成功した」という教育産業の企業側の要因がうまく噛み合った結果、教育産業の市場規模が拡大した、という説明ができそうです。

 どうでしょうか。原因を二つに分解して考えることにより、「受験戦争」という常識とはずいぶん違う解答にたどりつけたと思いませんか?
 もちろん、これらの解答が正しいかどうかは、各家庭の教育費支出の推移や、塾の製品・サービスの変化やマーケティング技術の分析などをしないとわかりません。しかし今回は、原因を二つに分解して考えるという方法によって、常識的な説明とは異なる視点から物事をとらえられる、ということをまず理解してほしかったのです。

 今回は、「他者とは異なるものの見方」をするための「思考法」を紹介しました。「従来とは違う視点から物事をとらえるのは面白そうだな」と思った人は、是非、以下の参考文献を読んでみてください。ここに紹介した以外にも、物事を深く考えるための思考法がたくさん解説されています。(ちなみに、山口ゼミは経営学のゼミなのですが、OBの皆さんには、「山口ゼミで学んだことで、社会に出てから一番役立ったのは、この『(論理的)思考法』を学んだことです!」とよく言われます。「経営学の知識」とこの「思考法」を合わせて学ぶことで、経営学の専門知識と、今目の前にある仕事上の問題を、結びつけて考えられるようになるのだと思います)。
 これらの思考法を身につけることにより、買い物に行けば「なぜこういう商品が売られているのか?」が気になり、部活に行けば「このスポーツはなぜ部活では人気があるのに、プロになるとマイナーなのか?」が気になり・・・というように、日常生活がこれまでとは全く違ったものに見えるようになるでしょう。

参考文献
苅谷剛彦(2002)『知的複眼思考法:誰でも持っている創造力のスイッチ』講談社.
酒井三千代(2013)「世界の教育産業の全体像」三井物産戦略研究所.
高尾俊明(2004)「アップル:ひとつの製品の中に三つの革命的製品」伊丹敬之・西野
  和美(編)『ケースブック 経営戦略の論理 全面改定版』日本経済新聞社.

(文責:山口みどり)