経営組織論やケース分析を担当している山口です。
東経大経営学部では、2026年4月から「アントレプレナーシップ養成プログラム」がスタートします。これに伴い、8月16日に「アントレプレナーシップ養成プログラム創設記念カンファレンス」が行われました。
1.アントレプレナーシップ養成プログラムとは?
アントレプレナーシップ養成プログラムとは、新しいビジネスを創造できるアントレプレナー人材を育てるプログラムです。
経営学部経営学科現代経営コースに所属する2年生~4年生のうち、選考を通った20名程度が受講できる少人数制のプログラムになっています。
今回は、このプログラムについて、紹介したいと思います。
まず、このプログラムの「アントレプレナーシップ」とは、「新たなビジネスの機会を見出し、リスクに挑みながら事業を創り上げるための能力・知識・マインドセット」のことです。
では、新しいビジネスを創造するのに、どのような①能力、②知識、③マインドセットが必要なのでしょうか?
これについて、8月16日に行われた「アントレプレナーシップ養成プログラム創設記念カンファレンス」でパネル・ディスカッションをしていただいた、以下の3名のアントレプレナーの取り組みをみながら、考えていきましょう。
・吉田一毅氏(合同会社CRIBE CEO):東経大卒業後、バリスタの仕事に惹かれ、バリスタの世界チャンピオンがプロデュースした「ポールバセット」で約2年間バリスタの修行をした後、学生時代を過ごしたゆかりの地国分寺にコーヒー文化を一から根付かせるべく、コーヒーショップ「Life Size Cribe」を開店。
・久保田優氏(株式会社スリーパンズ代表取締役):東経大卒業後、ネパールにおけるフェアトレード事業だけでなく、全国200箇所以上の福祉事業所と連携した国内のフェアトレード「やさしさつながる福祉のマルシェ」を創設し、国内外のフェアトレードを推進。
・菊地恵理子氏(タイガーモブ株式会社代表取締役):「次世代リーダーの創出」をミッションに、学生や社会人に海外インターンや世界の最先端を体験できるような短期海外研修を通して、あたり前を変える体験を提供。
(1)アントレプレナーシップとは?:①能力
まず、アントレプレナーに必要な「能力」とは何か、考えてみましょう。
アントレプレナーがビジネスを創り出すには、新しいアイデアを考え出す独創的な思考力や、アイデアを実現していく実行力が必要です。
では、こうした独創的な思考力・実行力はどうやったら身につくのでしょうか?
ここでは、「アントレプレナーシップ養成プログラム創設記念カンファレンス」で、パネル・ディスカッションをしてくださった、東経大OBのアントレプレナー吉田一毅さんの例を見てみましょう。
吉田さんは、就職活動をするときに、初めは別の業界に興味があったそうですが、友人の「(吉田さんは)コーヒー好きだし、コーヒー業界も挑戦してみれば?」という何気ない一言と、東経大でダンスをやっていたときにできた仲間たちが集まれるダイニングバーを作りたいという思いで、ドトールコーヒーに就職したそうです。当時の社内別業態で「バリスタ」という職人の仕事に出会った吉田さんは、一瞬でこの仕事に惹かれ、「バリスタ」のキーワードをインターネットで検索しては、気になるコーヒーショップに足を運び続けました。その中で、鳥肌が立つくらい美味しいエスプレッソに出会ったのが、当時のバリスタ世界チャンピオンの店「Paul Bassett」でした。その後「Paul Bassett」で2年間バリスタの修行をした吉田さんは、2015年にLife Size Cribeというコーヒーショップを国分寺に開業しました。Cribeは「crib to live」という言葉から来ているそうで、「秘密基地、集いの場、生きていくための場所」を指しているそうです。
こうして吉田さんは、コーヒーやダンスといった自分の好きなものを深く追求していく中で、「等身大のまま、仲間や大事な人たちが安心して集まることのできる場所で、職人的なバリスタが淹れた、飲む人にも無理のないニュートラルな味のコーヒーを楽しむ」、という唯一無二のコーヒーショップ「Life Size Cribe」を創造しました。
(出典:https://typica.coffee/ja/narratives/roasters/life-size-cribe/、https://postcoffee.co/magazine/roaster/roasters-coffee-life-life-size-cribe/)
この吉田さんの起業の例からは、自分の好きな物事を深く追求することで、他の人とは異なる独創性が生まれてくることがわかります。
アントレプレナーシップ養成プログラムで、2年生が履修する「ビジネスプランⅠa/Ⅰb」という授業では、自分の好きなことや身近な関心を掘り下げることで、あなたしか考えられない独創的なビジネスの種を発見していきます。
ですので、アントレプレナーシップ養成プログラムでは、「アントレプレナーになりたいから、大学ではこのプログラムだけに集中するぞ!」と狭く考えていただく必要はなく、「自分が大好きなバスケをもっと広めて、就職してからも仲間とバスケができる状況を作りたいから、それを実現するためのビジネスの知識を学びたい」など、大学で好きなことや興味のあることに打ち込みながら、それを通じてよりよい世界を作りたい!と考える人を歓迎します!
(2)アントレプレナーシップとは?:②知識
次に、アントレプレナーに必要な「知識」とは何か、考えてみましょう。
いくら自分の好きなことを起点にビジネスのアイデアを考えるといっても、それがビジネスとして成立するためには、資金調達、原材料の仕入れ、店舗の立地の選択、スタッフの雇用、製品ラインナップの決定、販売方法の決定など、「アイデアを事業化し、利益を出せるようにするための知識」が必要です。
久保田さんは、東経大在学中にイギリスへ留学し、フェアトレードの考え方に感銘を受けたことをきっかけに、在学中から起業を念頭に、フェアトレード学生団体を設立するなどして活動していました。起業後は、ネパールにおけるフェアトレード事業と並行して、福祉事業所でアルバイトをしていました。その時、福祉事業所の仕事とフェアトレードには、「商品開発が難しい点や資金が少ないこと、販路がないところが似ている」ということに気づきました。そこで、全国200箇所以上の福祉事業所と連携し、商品制作を依頼して、商品の作成から梱包までを障害のある方に行ってもらい、商品をオンライン・駅・商業施設でのポップアップ出店にて販売する、という事業も始めたそうです。
「市場に受け入れられる商品と販路を作る」ことで、「お客様には良いものを買っていただき、障がいのある方がイキイキと働ける社会」を実現することができると考えたわけです。
「市場に受け入れられる商品と販路を作る」ことで、「お客様には良いものを買っていただき、障がいのある方がイキイキと働ける社会」を実現することができると考えたわけです。
障害者の方々の様々な個性に合わせた生産方法で商品開発を進める必要もあるなど、困難なことも少なくないそうですが、従来「支援」の観点からとらえられてきた福祉事業所の活動を、「ビジネス」として成立させる方法を作り出したのが、久保田さんのアントレプレナーシップの神髄といえるでしょう。
このような形でアントレプレナーシップを発揮するためには、アイデアをビジネスとして成立させるための「企業経営の専門知識」が不可欠です。
アントレプレナーシップ養成プログラムが、経営学部現代経営学科の現代経営コースの学生を対象としたプログラムになっているのは、このように、企業経営全般にわたる専門知識を学ぶのが現代経営コースだからです。
例えば、現代経営コースでは、重点履修科目の企業論、経営戦略論、経営管理論、経営組織論などで、企業とは何か、企業を経営するとはどういうことかについて学んだあと、人的資源管理論・生産管理論・経営財務論などで、ビジネスに必要なヒト・モノ・カネを管理するより具体的な方法を学んでいきます。
こうした企業経営全般に関わる専門知識を現代経営コースで学ぶのと並行して、それらの知識を使って自分のアイデアを事業化する方法を考えることで、単なる「素人の思い付き」ではない高いレベルのビジネスアイデアの創造と事業化をできるようにしているのです。
アントレプレナーシップ養成プログラムの受講を考えている皆さんは、より事業化可能性の高いビジネスのアイデアを生み出せるようにするためにも、ぜひ1年生の時から経営学の基礎科目をしっかり学習し、経営学の専門知識を身につけておきましょう!
(3)アントレプレナーシップとは?:③マインドセット
最後に、アントレプレナーシップのマインドセットについて考えてみましょう。マインドセットとは、私たちの物事の捉え方を決定づける心のフレームワークのことです。
例えば、「この製品は売れるだろう!」と思って、そのアイデアを事業化しようとした時に、原材料がうまく手に入らなかったり、製品が全く売れなかったり、思い通りにいかないことがでてくると、多くの人はがっかりしてしまうと思います。
ところが、経営学の研究では、何社も起業している熟達したアントレプレナーは、思い通りにいかなかったときにそれを「失敗」ととらえるのではなく、むしろ「チャンス」ととらえるなど、独特のマインドセットを持っていることが明らかにされています。例えば、「おいしいレモンがほしかったのに、酸っぱすぎるおいしくないレモンしか手に入れられなかったら、それでレモネードを作って、ただのレモンよりも高く売ればいい!」という考え方です!
実際、「アントレプレナーシップ養成プログラム創設記念カンファレンス」で、パネル・ディスカッションをしてくださった、タイガーモブ株式会社ファウンダーの菊地恵理子さんは、「仕事で成功するために、もっとも大切なものは?」という質問に対し、このように答えています。
「変化を楽しみ、変化を起こすこと」です。環境も事業も自ずと変化するので、その変化を楽しんでしまうこと。そして安定せぬよう、わざと自ら変化を起こしていくことかと思います。
(出典:https://www.odyssey-com.co.jp/topics/essay/essay178.html)
「変化を楽しんでしまう」。このような考え方は、なかなか、普通の人には難しいかもしれません。
そこでアントレプレナーシップ養成プログラムでは、2年生~4年生までの3年間、ビジネスプランコンテストなどにも応募しながら、ビジネスプランを繰り返し考え、つまずいてもそこであきらめずにブラッシュアップしていくことで、熟達したアントレプレナーと同じようなマインドセットを身につけていきます。
2年次・3年次には、ビジネスプランの作成プロセスで起きる、このような「予想外の出来事」を、起業に興味を持つ仲間たちと一緒に考えることで、乗り越えていきます。一方、自分のやりたいビジネスが明確に定まっている場合は、起業支援の専門家である馬込正特命講師に個別指導でサポートしてもらいながら、そのビジネスの事業化に向けた様々な課題を乗り越えていくこともできます。
このように、大学で学んだ経営学の専門知識を使って、ハイレベルなビジネスプランを、仲間と一緒に、あるいは専門家の個別サポートを受けながら、事業化できるようにしていくのが、アントレプレナーシップ養成プログラムなのです。
2.アントレプレナーシップ養成プログラムの履修方法
では、アントレプレナーシップ養成プログラムは、どうすれば受講できるのでしょうか?
このプログラムは、経営学部経営学科現代経営コースに所属する学生の中から、20名程度を選抜して行う少人数選抜制となっています。
これは、起業支援の専門家である馬込正特命講師から、各自のビジネスアイデアを実現するための個別指導を受けながら、アイデアの事業化を進められるようにするためです。
具体的な応募・選考方法は以下のとおりです。
・対象者:経営学部経営学科「現代経営コース」に所属予定の1年生
・定員:20名程度
・スケジュール:12月に説明会を実施→2~3月に応募受付・選考→3月中旬に選考結果通知(予定)
・選考方法:エントリーシート(志望動機・意欲)/GPA(成績)/面接選考等(予定)
アントレプレナーシップ養成プログラムの所定の修了要件を満たした人には、「アントレプレナーシップ養成プログラム修了」の認定証が出されます。
3.アントレプレナーシップは「起業」にしか役立たないのか?:幅広い仕事でアントレプレナーシップが必要とされる理由
アントレプレナーシップというと、皆さんの中には「起業を目指す人がもつべきもの」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、現代企業が直面している、変化の激しい環境では、自分で起業したいという人だけでなく、企業に就職した人にも、既存事業を変化に合わせて変革したり、新規事業を創造したりする形で、アントレプレナーシップ(起業家精神)が求められます。
また、実家の家業を継ぐ場合でも、現代では、先代のやり方をそのまま引き継ぐのではなく、後継者が自分の考えに従って、受け継ぐべきものは受け継ぎつつ、環境の変化に合わせて家業をより発展させていく「ファミリー・アントレプレナーシップ」が重要になってきています。
ですので、「起業するかはわからないが、新規事業に興味がある」「うちの事業を継ぐための知識・スキルを学びたい」という人にも、アントレプレナーシップは大いにかかわっています。アントレプレナーを「起業」という狭い意味でとらえずに、少しでも興味があればどんどん応募してみてください。
アントレプレナーシップ養成プログラムは、究極のところ、東経大経営学部で学んだ経営学の専門知識を、ビジネスで「使える」実践的知識にしていきたい、という人のためのプログラムなのです!
(東京経済大学経営学部准教授 山口みどり)