2019年6月12日水曜日

「先生、この本に何が書いてあるかわかりません!」:ポイントをおさえつつ正確に内容を「要約」するための読書法

 経営組織論・ケース分析担当の山口です。
 6月に入り、山口ゼミでは6月30日に慶應義塾大学で行われるRIP中間報告会(慶応大学・青山学院大学・東洋大学・日本大学・千葉商科大学・東京経済大学(森岡ゼミ・山口ゼミ)の6大学7ゼミ合同報告会)に向けて、チームごとに研究テーマを考え始めたところです。
 研究テーマを考える際に、ゼミ生たちがぶつかる壁は二つあります。一つは、「先生、参考文献がありません!」というもの(→この解決策は、以前こちらのブログで説明しました)。もう一つは、「先生、参考文献はあったけれど、難しくて内容がわかりません!」(あるいは、なんとか読んだけれど、内容を誤解している)というものです。
 そこで、今回は、せっかく見つけた文献の内容を「正しく理解」するための読書のコツを解説します。(今回の記事の内容は、野矢(2017)を参考にしながら書いています)

1.本の内容を正しく理解するためのコツ:「問い」を意識して読む


 今回言いたいことは、「問いを意識して読む」、これだけです。
 東経大の学生は、「この本の第1章を読んで要約しなさい」と課題を出せば、「大変だ!」などと文句を言いつつも、「なんとなく重要そうなところ」を要領よく抜き書きしてまとめてきます。パッと見、感心するくらいよくできているものもあります。
 ところが、「で、この章にはどんなことが書かれているの?」と聞くと、答えられないのです。

東経大の教員になって以来10年以上、私は「なぜこういうことになるのか?」がわかりませんでした。「要約ができる=内容が理解できている」だと思っていたのです。ところが、一昨年から1年生向けの入門ゼミ「フレッシャーズ・セミナーb」の授業を担当するようになり、1年生15人の要約レポートを毎週添削しているうちに、あることに気づきました。

「この人たちは『問い』を気にせず読んでいる!」

「問い」というのは、その文章の出発点となる問いかけです。どのような文章でも、何か「こういう問題について書きたい」という問題意識が出発点となって、書かれています。それが、ここでいう「問い」です(この記事も、「東経大生に本を読めるようになってもらうにはどうしたらよいか?」という問題意識が出発点になっています)。
私のフレセミの受講生たちは、その「問い」を全く意識せずに(つまり、その文章がどんな問題を扱ったものか意識せずに)、重要な部分を抜き出そうとしていたのです!
これが、どんなに無謀なことか、わかっていただけるでしょうか?
よく、「要約というのは文章の枝葉を切り取り、幹=中心的主張を抜き出すことだ」と言われます。しかし、そもそも「幹」とは何でしょう? 
「幹(中心的主張)」とは、その文章の「問い」に対する筆者の「答え」です。問いが分からなければ、幹が何かなどわかりようがないのです。

出所:野矢(2017)145頁


2.「問いを意識して読む」とは?

 
 「問い」についてイメージを持ってもらうために、以下のクイズを考えてみましょう。

クイズ あなたが、友達Xから、自分の一番仲のいい友達Aについて、「Aさんってどんな人?」と聞かれたとします。XはAと会ったことがなく、どんな人であるかを全然知りません。あなたは、どう答えますか?


 さて、あなたは今どんなことを考えたでしょうか?
 まず、Xに、Aのどんな点について伝えようか、と考えませんでしたか?
 例えば、「XはAの外見について聞いているのだろうか?」「それともAの性格について聞いているのか?」「それとも外見・性格両方か?」「外見についてだとすれば、何を説明しよう?身長?髪の長さや色?顔が誰に似ているか?」「性格だとすれば、どんな特徴を説明すればいいだろう?」などなど。
 つまり、Xからの質問に対して、「Aのどんな点を伝えたらよいだろう?」という「問い」を立てて、それに答える形で「Aさんって、○○な人だよ」と伝えているわけです。

 このように、人は何かを伝えようとする時、まず「問い」を立て、その答えとして「中心的主張(一番伝えたいメッセージ)」を作っていきます。
 皆さんが大学で読むようなテキストや専門書を書く人も、同じです。例えば「経営学についての教科書を書く」というとき、著者は「何を伝えれば『経営学』について最もよく理解してもらえるか」という問いを立て、それに答える形で文章の内容を考えています。
 だからこそ、文章を読む時に、「その文章の『問い』は何か?どういう問題に答えようとしているのか?」を意識すると、その答えとしての「中心的主張」はどこなのかが特定しやすくなるわけです。

3.問いを意識した要約の例


 実際に、「問い」を意識した要約をやってみましょう。今回要約の題材として取り上げるのは、フレッシャーズ・セミナーaの私の担当クラスで1年生が読んでいる『影響力の武器』という本です。

 この本は、「人を意のままにコントロールする方法」について検討している社会心理学の本です。具体的には、「相手に『イエス』と言わせる要因とは何か?それをどのように活用すれば『イエス』と言わせられるのか?」という問いへの答えが書かれています(人をコントロールする方法などというと、なぜ経営学の授業でそんなヤバそうな(笑)本を読むのかと思うかもしれません。しかし、企業にとっては、「この商品を買ってください」と提案した時に、顧客に「イエス」と言わせられるかどうかは、売上を左右するとても重要な問題です。そのため、この本は経営や広告、マーケティングに携わる多くの人に読まれているのです)。
 この本では、「相手に『イエス』と言わせる要因」として、6つの心理学的ルールが取り上げられていますが、ここでは、その中の一つである「希少性の原理」について、「普通の」要約と、問いを意識してまとめた要約を比較してみましょう。どちらが内容を理解しやすいか、考えてみて下さい。

(1)普通の要約
 私(著者)はかつて、それまで全く興味がなかったモルモン教の教会堂を、急に見学したくなったことがある。ある新聞記事で、その教会堂には普段は信者以外立ち入り禁止の区域があるが、教会堂改築後の今だけは、信者でなくてもその区域を見学可能になると書かれていたのを見たときである。
 私(著者)が、それまで全く興味のなかった教会堂を急に見学したくなった理由は、「数日後には入ることができなくなってしまう区域に今行かなければ、二度と立ち入るチャンスはない」という点にあった。もうすぐ見ることができなくなってしまうために、ほとんど興味がなかったものが、どうしようもなく魅力的に思えてしまったのである。
 手に入りにくくなるとその機会がより貴重なものに思えてくるという原理を、希少性の原理という。私たちが物事の価値を判断するときには、希少性のルールが強力に作用する。そのため、「イエス」を引き出す承諾誘導のプロたちも、当然この力を利用している。中でもおそらく一番簡単な使い方は数量限定のテクニックである。ある製品の供給が不足していて、いつまで残っているか保証できないと消費者に知らせるのである。数が限られているという情報は、本当のこともあればでたらめの場合もあった。しかしいずれの場合も、消費者にその製品が希少であると信じ込ませ、それによって目の前にある商品の現時点での価値を高く見せることができた。
 数量限定と同じようなテクニックに、「最終期限」戦術もある。「独占・特別・公開・終了・間近!」という映画の宣伝のように、販売促進のプロは、客に対して最終期限を設定し、それを公にする形で、以前はだれも興味を示さなかったものに興味を覚えさせることができる。
 承諾誘導のプロたちは、希少性の原理を巧みに利用し、頻繁かつ広範に、さまざまな形で私たちに影響を及ぼしている。希少性の原理の力の源は、主に2つある。1つはおなじみのもので、私たちが近道に弱いという点につけこむものだ。たいていの場合、入手しにくいものは簡単に手に入るものより良いものだということを私たちは知っている。そのため、入手しやすさを手がかりにすれば、商品の品質を迅速かつ正確に判断できる。もう一つは、何かを手にできるチャンスが減ると、自由も失われるが、私たちは既に得ていた自由を失うのが我慢できないということだ。

(2)問いとそれへの答えを意識した要約
 希少性の原理とは何か?希少性の原理とは、手に入りにくくなるとその機会がより貴重なものに思えてくるという原理である。一般に、ある品物の数が少ないか、少なくなりつつあるなら、それだけその品には価値があることになる。例えば、これまで全く興味がなく、訪れようという気になったことがない教会堂でも、普段は立ち入り禁止の区域が一般開放され、その期間があと数日で終わるとなると、見学する価値を感じ、行ってみたくなったりする。極端な場合、不鮮明な切手や二度打ちされた硬貨など、通常は廃棄される理由となる欠陥が、希少性と結びつくと、価値を生む美点となる。
 では、「イエス」を引き出すプロである承諾誘導の専門家たちは、どのように希少性の原理を使っているのだろうか?代表的な方法は2つある。第1に、数量限定戦略である。これは、もっとも明瞭に希少性の原理が使われているもので、ある製品の供給が不足していて、いつまで残っているか保証できないと消費者に知らせるものである。この戦略では、数に限りがあるという情報が本当であってもでたらめであっても、消費者にその製品が希少であると信じ込ませ、それによって目の前にある商品の現時点での価値を高くみせることができる。
 第2に、数量限定に関連した「最終期限」戦術である。これは、それができる時間が無くなりつつとあるというだけで大して関心もないことを行ってしまうという人間の傾向を利用したものだ。「独占・特別・公開・終了・間近!」という映画の宣伝のように、販売促進のプロは、客に対して最終期限を設定し、それを公にする形で、以前はだれも興味を示さなかったものに興味を覚えさせることができる。
 なぜ人は、こうした希少性の原理に従ってしまうのか?希少性の力の源は主に2つある。第1に、それに従えば、通常効率的かつ正確な判断が下せるからだ。たいていの場合、入手しにくいものは簡単に手に入るものより良いものだということを私たちは知っている。そのため、入手しやすさを手掛かりにすれば、商品の品質を迅速かつ正確に判断できる。第2に、人は自由を失うことが我慢できないからだ。手に入れる機会が減少するということは、私たちが自由を失うということだ。そうなると、人は何とかして自由を保持できるように行動する。


 どうでしょうか?両方とも、同じ本の同じ部分を同じ分量で要約したものなのですが、「問い」を意識してまとめた要約のほうが、「著者が何を言いたいか」が頭に入ってきやすかったのではないでしょうか?(ちなみに、下線を引いた部分が「問い」です)

4.「問い」を意識した要約のメリット

 
 このような要約をすると、
木を見て森を見ず(なんとなく重要そうな部分はわかるけれども、結局何を言いたいかはわからない)」ではなく、
木を見ることで森の全体像を理解できる(重要な部分の理解を通じて著者が言いたいことがわかる)」読み方ができるようになります。
 
 その理由は以下の3つです。
・文章のそれぞれの部分で、なぜその話をしているのか(どんな問いについて検討しているか)が見えやすくなる
・問いがわかるので、「中心的主張」が何かを特定しやすくなり、本の重要な部分とそうでない部分のメリハリをつけて読めるようになる
・ある問いから次の問いへのつながりが可視化され、文章の各部分の間の関係も見えてくる→文章の構成(全体像)が捉えやすくなる

 もちろん、本には、必ずしも「問い」が疑問文の形で明示されているわけではありません。したがって、問いを意識した読み方をするためには、「ここで取り上げられている問題(トピック)は、さっきまでと同じだろうか?」「もし違うとすれば、ここではどんな問題について議論しているのか?」と、常に考えながら読んでいく必要があります。
 ただ、問いが疑問文で明示されているかどうかに関わらず、著者は必ずどんな問題をどのような順番で取り上げるかを考えて書いているので、それを読み手のほうも意識して読んであげればいいわけです。

5.「具体例は要約に入れない」など、要約のハウツーは役に立つか?


 さて、ここで書いてきたことは、いわゆる要約のハウツーとは全然違います。
 確かに、要約のハウツーでは、「具体例は削除しなさい」など、「よい要約」をするための細かなルールが列挙されており、一つ一つはわかりやすいです。
 しかし、私はあまりそうしたルールは気にしなくていいと考えています。というのは、後で自分が要約を読み返した時に、具体例がないために何の話をしているのか理解できなかったら、要約した意味がないと思うからです。
 重要なのは、自分がその文章の内容を理解できるように要約することです。
 そもそも、大学で要約など「本を読むトレーニング」をするのは、自分が研究したいテーマについて、必要な文献を、自分で読んで理解できるようにするためです。自分の好きなことを自由に追求するための「武器」を身につけてもらうのが目的なのです。
 であるならば、単に「手っ取り早く点数をとるために、要約ルールに従って、内容はよくわからないけれども要約レポートは完成させる」という「点数をとる=他人に評価される」ためだけの勉強はあまり意味がありません。
 どうせ要約するなら、本の内容について知識を深めたり、自分の読解スキルを向上させたり、後から本の内容を手早く思い出せるようにまとめておくなど、「自分のため」になるような方法でやってもらいたい、というのが、教員としての希望です。(恐らくそのほうが、やる意味を感じられるでしょうし、結果的に評価も高くなるでしょう)

6.まとめ:フレッシャーズ・セミナーaは「武器」の宝庫!


 今回は、「ポイントをおさえつつ正確に内容を要約するための読書法」について解説しました。東経大では、「フレッシャーズ・セミナーa」という1年生向け授業があり、1クラス15~19人程度の少人数で、こうした本の読み方や、わかりやすい文章の書き方など、大学で経営学を学ぶのに必要な「基礎的スキル」を先生にみっちりトレーニングしてもらえる環境が整えられています(ちなみに、もし今回解説した要約のトレーニングに興味がある場合、1年生なら2期に履修できる「フレッシャーズ・セミナーb」の私の担当クラスや、2年生以降なら私のゼミで、こうしたトレーニングを受けることができます)。
 
 このような本の読み方や文章の書き方のトレーニングは意外と効果があるようで、フレセミの最初と最後では、受講生が書く文章の形式・内容が見違えるように変わります。私のクラスの場合、「難しい!」と文句を言われつつも(笑)このトレーニングをきちんと行った年は、20人足らずのフレセミのメンバーの中から、ほぼ必ず1~2人の成績優秀者(その学年の成績TOP20)が出るほどです(もちろん、たまたま優秀な人が私のクラスに来てくれたおかげなのですが、彼らも最初から要約や文章の書き方がきちんとできたわけではありません)。

 確かに、「大学生にもなって本の読み方?文章の書き方?」と思う人もいるでしょう。しかし、高校までは、ほとんどの人が経営学の専門書など読んでいませんし、論文・レポートを書いたり研究発表のプレゼンをしたことがある人だってほとんどいないわけです。私がこれまで見てきた限りでは、最初からビジネスプランの作成などの「実践的」な内容に取り組もうとした人よりも、1年生の時にしっかり基礎的スキルを身に着けた人ほど、自分の入りたいゼミに入り、自分の好きな研究をしています
 考えてみれば、どんなプロフェッショナル(経営者や公認会計士や税理士など経営学に関するものだけでなく、プロスポーツ選手やプロの音楽家などを含む)でも、基礎的なスキルのトレーニングを軽視する人はいません。彼らは、基礎的なスキルを無意識に実行できるくらいまで完璧に習得しているからこそ、実戦でより高度な戦術に集中でき、高い業績を上げられるのです。
 皆さんが、大学で経営学を学ぶ最終目的は、「経営学を使って社会のさまざまな問題を解決できるプロフェッショナル」となることです(東京経済大学経営学部のディプロマポリシー参照)。そのための基礎的なスキルのトレーニングを、大学入学後の早い段階でしっかり行い、社会で活躍するためのさまざまな「武器」を身につけられるようにしていきましょう!

参考文献
チャルディーニ(2014)『影響力の武器:なぜ、人は動かされるのか 第三版』誠信
  書房.
野矢茂樹(2017)『大人のための国語ゼミ』山川出版社.

(東京経済大学経営学部准教授 山口みどり)