2019年10月7日月曜日

「先生、問いの立て方がわかりません!」:考えを深めるための問いの立て方

 経営組織論・ケース分析などの講義を担当している山口です。
 9月19日から後期の授業も始まり、現在2~3年生のゼミ生たちは、12月14日(土)に開催される経営学部ゼミ合同報告会に向けて、論文執筆(あるいは研究報告プレゼンの準備)を進めているところです。

ゼミでのグループワークの様子

 さて、大学生が書く「論文」とは、どのようなものでしょう?そして、論文を書くにあたり、大学生が苦労するのはどのような点なのでしょうか?今回は、この問題について考えていきたいと思います。

 まず、論文とは、
「(1)与えられた問い、あるいは自分で立てた問いに対して、
(2)一つの明確な答えを主張し、
(3)その主張を論理的に裏付けるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する」
文章です(戸田山, 2012)。


 この定義からわかるように、論文執筆の出発点は「問いをたてること」です。経営学部では先生から問いが与えられることはほとんどありませんので、経営学部の学生が論文を書く際には、まず「どんな問いを立てたらよいのか?」を考えなければなりません。
 
 しかし、論文を書くプロセスで、この「問いをたてる」ことほど、得意な人と苦手な人に二極化するプロセスはありません。問いを立てるときに苦労する人とは、どのようなタイプの人でしょうか。また、それを克服するためには、どうしたらいいのでしょうか。

 一言で言えば、問いを立てるときに苦労する人とは、「自分の知らないことについて問いを立てようとする人」です。
 え?と思うかもしれません。知らないから問いを立てて研究するのであって、知っていることについて問いを立てても仕方ないと思うでしょう?
 それが間違いのもとなのです。

◆問いの立て方に対する「誤解」


 例えば、次のようなクイズを考えてみましょう。
 あなたは、AとB、どちらが良い論文になりそうな問いだと思いますか?

A タピオカドリンクはなぜこんなに流行しているのか?
B タピオカドリンクが流行したのは、日本で台湾旅行や台湾の食に対する人気が向上したためだといわれているが、本当か?

 あなたはどちらを選んだでしょうか?
 なんとなく、Aのほうが、どんな結論が出てくるかわからなくて、面白そうに見えるかもしれません。実際、過去の山口ゼミの傾向を見てみると、圧倒的に多くのゼミ生が最初はAのような問いを立ててきます。しかし、これまでの山口ゼミの研究を見る限り、Aのような問いの立て方をしたグループは、Bのような問の立て方をしたグループよりも論文を書くのに苦労することが多く、質の良い論文が書ける可能性も低いというのが実情です。

 なぜでしょうか?
 実は、Aのような問いの立て方をすると、自分で答えを考えるのではなく、「答え探し」をしてしまう傾向が強くなるのです。ネットや本などを探して、どこかに書いてある答えを見つけたら、そこで研究終了。その答えにとらわれてしまい、「本当にそうだろうか?」と自分なりの答えを考えることが難しくなってしまいます。その結果、こうした研究では、ありきたりの、どこかで聞いたような意見しか出せなくなってしまうことが非常に多いのです。
 さらに、Aのような問いを立てた場合、ネットや本などを見て答えが見つからないと、もうお手上げです。答えが見つかりそうな問いを求めて、何度も問いを立て直し、いつまでたっても問いが決まらない・・・というループにはまる場合すらあります。こうなると、もう論文は書けません。

◆考えを深めるための問いの立て方


 では、このような悲惨な状態に陥らないようにするためには、どうしたらいいのでしょうか?
 私がおすすめする解決策は、Bのように、「自分が答えを知っている問題について問いを立てる」ということです。これまで授業やバイトなどで見聞きしてきた経営学の理論や企業の事例について、何か違和感がある、納得できなかった、ということがあれば、それがベストです。

 私のゼミでは、過去に、流通マーケティング入門などの授業を通じて「企業が広告をするのは当然のように考えられているが、本当に広告は必要なのか?」という違和感を持ち、それをベースに「広告をしないという方針を掲げつつ、売上が業界トップレベルになったZARAの売上増加戦略」を研究し、「売上増加に広告は必ずしも必要ではない」という結論を出した学生がいました。
 彼女の論文が面白くなったのは、彼女が最初から「広告は必要ない」という答え(世間の『常識』を鵜吞みにしない、彼女なりの意見)を持っていたためでしょう。

 このように、良い(面白い)論文を書くためには、最初から自分が答えを持っていることが重要です
 もちろん、最初は問いの答えがわからない場合もあるでしょう。その場合には、例えば「タピオカドリンクの流行について調べたいなあ」などという漠然としたテーマが決まった時点で、それについて、これまでに何が言われてきたか(これを「先行研究」と呼びます)を調べてみましょう。できれば、ネット上にある雑誌記事などではなく、経営学の論文を見つけるのが望ましいです。(ネット上にある雑誌記事の分析は、論理が甘すぎることが多く、批判的思考の練習にあまりならないので・・・※)
 論文や雑誌記事が見つかったら、Bのように、そこで書かれている理由をまとめ、「それは本当か?」という形で問いを立てればOKです。こうすれば、少なくとも先行研究を鵜呑みにすることはなくなり、先行研究は「本当ではない」もしくは「本当だ」という自分の意見を考えることができます。(「そんなのでいいのか?!」と思うかもしれませんが、上記の論文の定義の(3)にあるように、きちんとした根拠に基づいてある主張が正しいかどうかを示すのは、皆さんが思うより大変です)
 また、いきなり自分なりの意見(=タピオカドリンクが流行している理由)を考えるのが難しくても、「先行研究の問題点を考える」というステップをふむことで、その問題を克服するという方向で、意見を考えられるようになるかもしれません。

 以上をまとめると、以下のようになります。
Aのような「謎解き」型の問いを立てると、どこかにある「答え探し」をしてしまい、独自性のある面白い論文にならない
Bのような形で問いを立てると、「研究=答え探し」と誤解してしまうことが少なくなり、「その問題に対する自分なりの主張を提示する」という、論文の目的に近づきやすくなる

◆まとめ:なぜ大学のゼミで研究をするのか?


 最近は、大学でも「実践的なことを学びたい」というニーズが高まっています。その「実践的」な学習の中に、必ずしも「研究」は入っていないように思います。しかし、研究は、社会で仕事をしていく上で必要な「実践的」能力と無関係なのでしょうか?
 私たち大学教員が、ゼミで研究(ゼミ論文の執筆や研究報告プレゼンの作成など)を行うのは、別にゼミ生全員に、研究者になってほしいと思っているからではありません。研究を通じて、
他人の意見を鵜呑みにせず、自分が専門とする経営学の観点から物事をとらえなおし、自分なりの意見を考える力」、
自分の意見を、根拠に基づいて説得的に伝える力
を身につけることができると考えているからです。
 現在、日本企業の競争力はかつてに比べて低下しているといわれています。そうであるとすれば、今後日本企業が競争力を向上させ、より高い成果をあげるためには、従業員一人一人が従来のやり方を鵜呑みににせず、自分が専門とする観点から物事を捉え直し、自分なりに企業活動をどうしていけばよいかを考える力を身につける必要があるのではないでしょうか。
 ゼミで研究をすることを通じて、ゼミ生がどんな産業の、どんな企業に就職した場合にも活用できる、そうした力を身につけてもらえればと思っています。

(文責:東京経済大学経営学部准教授 山口みどり)


※先行研究として、雑誌記事よりも論文のほうが望ましいことは、上記のBの問いをみても明白です。Bの問いは、日経トレンディネットの記事(2018年8月7日)に書かれていた「タピオカドリンクが流行したのは、台湾旅行や台湾の食に対する人気向上や、消費者の健康に対する意識向上により、健康に良い中国茶を提供する専門店とその主力商品のタピオカミルクティーに注目が集まったことである」という記述に基づいて作りました。
 しかし、台湾旅行や台湾の食に対する人気向上が理由だったら、別にタピオカドリンクに限らず、他の台湾らしい食が人気になってもおかしくないはずです。また、健康に対する意識向上が流行の理由だというのも、なぜもっと健康に良さそうなものではなく中国茶だったのか、という疑問が残ります。
 このように、雑誌記事の分析の中には、じっくり考えるまでもなく「これはタピオカドリンクが流行した理由として不十分だ」とわかってしまうものも多く、そもそも先行研究として取り上げる意味がないばかりか、批判的思考法の題材としても物足りない、という問題があることが多いので、論文があればそれを先行研究として取り上げることをお勧めします。

参考文献
苅谷剛彦2002『知的複眼思考法』講談社.
戸田山和久(2012)『新版 論文の教室』NHK出版.
野矢茂樹(2006)『新版 論理トレーニング』産業図書.
3冊とも、論文の書き方についての本です。どれもお勧めで、言っていることが大きく変わるわけではないのですが、読む人によって、どれが「刺さる」かは変わってきます。私には、野矢先生の本の第11章「論文を書く」が「刺さる」のですが、皆さんも自分に「刺さる」本を見つけてみてください。