経営組織論・ケース分析などの講義を担当している山口です。
昨年12月14日のゼミ合同報告会では、山口ゼミの3つの報告(ジャニーズ事務所、サンリオ、コストコの事例研究)を多くの方が聞きに来てくださり、ありがとうございました。
山口ゼミでは、経営学の理論を学習し、そこで学んだ「経営学的視点」を使って、企業がいかにして高い業績をあげようとしているのかを分析しています。自分で本や企業の資料を読んだり、ゼミ室でディスカッションするのが中心ですが、実際に企業の取り組みを見学に行くこともあります。昨年12月19日のゼミでは、ゼミ生全員でコストコ多摩境店にフィールドワークに行きましたので、今回はそれについて書いていきたいと思います。
1.日本に参入した大手外資系小売業が次々に撤退する中、なぜコストコは成長できたのか?
山口ゼミのコストコチームの研究によれば、1990年代、コストコを含む大手外資系小売業が次々に日本に参入しましたが、多くが日本市場に合った売り方を目指しながらもそれを実現できず、数年で撤退しました。そんな中、コストコはあえて「日本市場に合わせない」という方針で、20年間成長を続けてきました。
なぜ、日本市場に合わせようとした企業よりも、あえて合わせようとしなかったコストコが日本で生き残ったのでしょうか?
この問題を、今年学んだ『影響力の武器』という本の知識を使って考えてみよう!というのが今回のフィールドワークの目的です。
今回のフィールドワークを通じて気づいた面白い点は、コストコの「たくさん買わせるための工夫」です。
コストコが日本で成長するためには、多くの顧客に、たくさんの商品を買ってもらう必要があります。この点について、実は、コストコの平均客単価は18000円にもなるのです!
皆さんは、スーパーでの1回の買い物で、1万8000円も買ったことがありますか?普通のスーパーの平均客単価は2000円程度ですから、これがどれだけ高いかわかっていただけると思います。なぜコストコに来た顧客は、1回の買い物で、そんなに買うのでしょうか?
2.コストコの「たくさん買わせるための」工夫を分析してみよう!
コストコは、アメリカ流の卸売店のため、日本の通常の小売店に比べて大型・大容量の商品が多くなっています。商品価格を比較的安く抑えているとはいえ、大型・大容量なので、どうしても商品1個当たりの価格が高くなりがちです。しかし、売上を伸ばすためには、そのような商品を、いくつも買わせる工夫が必要です。
そうした工夫として今回気づいたのは、影響力の武器の一つである「コントラスト効果」がうまく活用されていることです。
コントラスト効果とは、「2番目に提示されたものが最初に提示されたものとかなり違うと、実際よりももっとその差を大きく考える傾向がある」という効果です。例えば、最初に熱いお湯に手を入れてから水道の水を触ると、最初から水に触れたときに比べてはるかに冷たく感じますよね?これは、コントラスト効果によって、実際よりも温度の差を大きく感じたためです。
コストコでのコントラスト効果の活用法を見てみると、まず第1に、陳列方法が挙げられます。コストコは一応「安い」ことを売りにしているにもかかわらず、多摩境店の入口付近には、安いものではなく、10数万円するテレビの売り場が置かれていました。これは、コストコで扱っている商品の中でも比較的高額の商品です。買い物客は、店に入るといきなり10万円以上の高額商品を見せつけられるわけです。
そのコーナーを過ぎると、食品コーナーがあります。そこでは、
36個入りの大容量のパンが458円で売っていたりします。日本では食パン一袋が
100円前後で売っていたりしますから、パン
1袋が458円というのは(大容量とはいえ)、普通の感覚では高いですよね?しかし、
10数万円のテレビを見た後だと、458円はとても安く感じられます。実際、この大容量の
36個入りパンは、とてもよく売れていました。
普通に考えれば、店の入口付近には、他店よりも安い目玉商品やセール商品などを置くのが競争上有利に思えます。しかし、
コストコの場合、まず高額商品を見せ、次に低価格帯の食品を置くことで、大型・大容量の食品の価格を安く感じさせようとしているわけです。これは、「安売りしているのに大型・大容量ゆえに高価格になってしまう」という
アメリカ流の卸売店特有の弱点を克服するための施策といえるでしょう。
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大量に置いてあるこの商品、次々に売れていきました。 |
第2に、コストコの買い物カートは通常のカートの3倍くらいありそうなとても大きなものです。大容量の商品を1つ2つ入れたくらいでは、寂しく見えるくらいの巨大カートです。
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通常の4倍サイズの台所洗剤(詰替用)も、コストコの大型カートに入れると、こんなに小さく見えます。 |
もしコストコが通常の大きさのカートを使っていたら、大型・大容量の商品を2~3個入れたらいっぱいになってしまい、それ以上は買おうと思わなくなってしまうかもしれません。しかし、このくらいの巨大カートだと、大容量商品を2~3個入れても「たったそれしか買わないの?」としか見えないため、顧客は大型商品をどんどん入れていきやすくなります。
実際、レジ付近で観察していたゼミ生によると、客単価18000円どころか、ほとんどの人が2万円~3万円分も買っていたそうです。
カートを大きくすることで、大型商品の大きさを相対的に小さく見せ、たくさん買うことへの心理的抵抗を減らそうとしているわけですね。
3.フィールドワークで得たものと今後の課題
今回のフィールドワークでは、「なぜ、コストコは、日本の消費慣行に合わせないアメリカ流の卸売店として日本市場に参入したのに、成長できたのか?」という問題を、ゼミで学習した『影響力の武器』のコントラスト効果を使って分析してきました。
もちろん、ゼミ生の中には、私とは違う観点からコストコの分析を行った人もいます。コストコは、実は「試食」を通じた売上向上がうまく、試食を通じて通常の8倍もの売上を上げる商品もあるほどです。あるゼミ生は、コストコの試食には行列ができるほど人が集まることに注目し、「なぜ普通のスーパーでは試食を断る人も多いのに、コストコの試食には人がこんなに集まるのか?」という問題を、『影響力の武器』の希少性の原理を使って説明しようとしていました。
このように、今回のフィールドワークでは、一人ひとりが異なる観点からコストコを分析した結果、コストコが、アメリカとは消費慣行が異なる日本でも商品がたくさん売れるようにするために、様々な働きかけを行っていることがわかりました。
フィールドワークを通じて、ゼミ生も、ゼミで学習した知識(=今年ゼミで学んだ『影響力の武器』に出てくる6つの原理)がビジネスの現場で実際にかなり活用されていることを、実感できたのではないかと思います。
もちろん、今回実際に店舗を見て「なぜこのような店が日本でこんなに定着したのか、理解できない」「自分は利用したいと思わなかった」というような意見も出てきました。ある意味それは当然で、『影響力の武器』で説明できるのは、企業の取り組みの一部分にすぎず、企業はそれ以外にも多くの経営学の理論を駆使して、顧客に自社の商品を買わせ、売上を伸ばせるように様々な工夫をしています。
そうした現実の企業の取り組みを、多面的に捉えられるようになるためには、『影響力の武器』だけでなく様々な経営学の理論を学習していく必要があるでしょう。
4.理論を学習することは何の役に立つのか?
「百聞は一見に如かず」とよく言われます。確かに、企業の取り組みの現実を実際に見て知ることは重要でしょう。しかし、上記のコントラスト効果のような「理論」を
何も知らずにいたら、何回コストコで買い物をしていたとしても、企業の興味深い取り組みとそれがもつ意味を理解することはできないのではないでしょうか。
その意味で、経営学の理論は、現実を見るためのレンズなのです。望遠鏡がなければ、空に浮かぶ星の詳細を見ることができないように、経営学の理論がなければ、私たちは企業の取り組みの詳細を見ることはできないのです。
企業の取り組みは、日々の買い物などを通じて自然と目に入ってくる部分も多いです。しかし、理論は意識して学ぶ機会を作らないと、なかなか習得できません。山口ゼミでは、まずは理論の学習を通じた「経営学的視点」の習得を目指しつつ、時々このようなフィールドワークを行い、どれだけ「経営学的視点」が身についてきたかを試せるようにしていきたいと考えています。
参考文献
チャルディーニ著『影響力の武器:なぜ、人は動かされるのか 第三版』誠信書房.
(文責 経営学部准教授 山口みどり)