流通マーケティング学科の丸谷です。47回目の執筆です。私はグローバル・マーケティング論(簡単にいうと海外でどのようにマーケティングを行なっていくのか)を専門分野にしているので、グローバル・マーケティングにおいて重要である海外事情について学習できる映画について紹介してきました。
(c) Atacama Productions - ARTE France Cinéma - Sampek Productions - Market Chile / 2019 |
今回はグローバル・マーケティング論で毎年取り上げている南米で初めてOECD加盟を果たし先進国となったチリ経済の負の側面について描いた映画『夢のアンデス』について紹介します。本作は1973~1990年のチリピノチェト軍事独裁政権の遺した新自由主義の負の側面について描いたドキュメンタリー映画です。
チリのピノチェト軍事政権は1970年に世界で初めて自由選挙により誕生したアジェンデ社会主義政権を、1973年にクーデターにより倒したことにより始まりました。政権樹立後、同国の経済は米国シカゴ学派によって世界初の本格新自由主義経済政策が導入され、1990年国民投票による無血の民政移管後もその経済政策は継承されています。この経済政策は経済成長をもたらす一方、格差拡大をもたらし、軍事独裁政権下を負の側面をしっかり検証しないままにしてきました。
パトリシオ・グスマン監督はアジェンデ社会主義政権の取り組みとそれを倒したクーデターに関して描いたドキュメンタリー映画『チリの闘い三部作』撮影中にピノチェト軍事政権により逮捕・監禁されました。その後国外に持ち出した撮影済みフィルムをもとに映画を完成させ、社会的名声を得ました。しかし、彼は名声と引き換えにチリでの撮影は当然軍事政権下では不可能となりました。
彼は民政移管後も母国の外から軍事独裁政権の負の影響について描き続けています。本作は2010年の『光のノスタルジア』、2015年『真珠のボタン』に続く3部作の第3弾です。『光のノスタルジア』では未だに軍事独裁政権下で連行され行方不明となった人々の亡骸をチリ北部の大半を占める広大なアタカマ砂漠に探す人々を、『真珠のボタン』では民政移管後、軍政政権下の政治暴力の真相解明を恐れた当時の関係者による、行方不明者の亡骸を砂漠よりも広大の海に投げ捨てたことを描いています(上記に2作に関しては、後藤雄介(2016)「〈時評〉宇宙(そら)と砂漠と海と──チリ映画『光のノスタルジア』・『真珠のボタン』が描く歴史への問い」『歴史学研究』、944号、19 - 26ページが非常に参考になりました)。
広大なアンデスとチリの首都サンティアゴ (c) Atacama Productions - ARTE France Cinéma - Sampek Productions - Market Chile / 2019 |
第3弾の本作は軍事政権下に作られた新自由主義が継続する状況と当時の政治暴力を未だに自己肯定しようとする人々の姿を国土の東側にある広大なアンデスと関連付けて描きました。こうした手法はチリの特徴ともいえる外界との隔絶といった状況を、チリ国外から母国を見る監督の視点と重ねる効果を生み、外から見るからこそ維持できる客観性を担保しています。
今もデモを撮影し続ける映像作家パブロ・サラス氏 (c) Atacama Productions - ARTE France Cinéma - Sampek Productions - Market Chile / 2019 |
本作では広大なアンデスの映像を差し込みつつ至る軍事政権時代から現在までの状況を概観します。その後に、軍事政権下もチリに残って軍事政権の政治暴力の映像を撮り続け、1990年国民投票による無血の民政移管以降について今もデモを撮影し続ける映像作家パブロ・サラス氏の活動に焦点をあてることによって、民政移管後継続する世界初の本格新自由主義の導入の結果生じた格差の拡大という課題について目を向けさせます。
グスマン監督は既に本作でも一部示した格差が固定されている現在のチリについて若者がスマートフォンで撮った映像を合わせた作品を制作中だそうです(日本経済新聞2021年10月5日夕刊記事)。80歳となった巨匠が現在をいかにまとめあげるのか次回作も楽しみです。
なお、③について描いた秀作としては、マーケティング的手法を導入した選挙による民政移管を描いた『NO』があります(2015年10月19日の経営学部ブログで取り上げています)。こちらは本作に比べると見易く、国民投票により民政移管を成し遂げたチリらしさを描いた作品です。合わせてご覧に頂くことをお勧めします。
文責 流通マーケティング学科教授 丸谷雄一郎