2025年1月20日月曜日

 

こんにちは。経営学部教員の金です。

今日は金ゼミの活動について紹介したいと思います。

 

金ゼミでは企業が作成し開示する損益計算書や貸借対照表などの財務諸表を含む開示情報をベースに企業活動を分析しています。財務諸表は膨大で複雑な企業活動が会計情報として集約されている資料です。企業の収益性を表す指標の一つとして最も広く知られている株主資本利益率(Rate of Return: ROE)は、当期純利益を株主資本で割って計算します。当期純利益は株主に帰属する利益であることから、ROEは株主から受け取った資本を持って株主に返せる利益をどの程度稼いだかを示していると言えます。そして、ROEを計算するために必要な当期純利益と株主資本は全て財務諸表から入手できる情報です。

 

この指標には、事業環境の変化が企業活動に与えた影響が明らかに投影されます。次の図表12010年度から2022年度までの上場企業(非上場企業含む)のROEの平均を示したものです。ROEの平均が急激に下がった2020年度(2020420213月)はCOVID-19の影響が企業活動に直撃した年度です。2008年度に世界経済を打撃を与えた世界金融危機(The Global Financial Crisis)から回復し、順調に収益性を確保して行った時点での出来事です。

 

図表1 株主資本利益率(ROE)の変化


Astra managerデータベースより作成(上場廃止企業を含む)。

 

しかし、COVID-19は全ての企業の収益性を低下させたわけではありません。収益性の分析を業種別に深めていくと異なる姿が見えてきたりします。たとえば、図表2は今年のROEから去年のROEを差し引くことで計算した、ROEの変化を業種別に平均としてまとめたものです(一部の業種のみ表示)。赤いほど去年より今年の収益性が高く、青いほど今年の収益性が低くなったことを意味します。これをみると、2020年度に百貨店やホテルおよび娯楽施設の収益性が前年度に比べて大幅に下落した一方で、スーパーは収益性がむしろ高まったことがわかります。緊急事態宣言に伴う移動制限で多くの人が外出を避け、自宅に止まったことがこの収益性によく表れています。同じく、空運の収益性が大幅に下落した一方で、大手海運や内航の収益性は上昇したこともわかります。飛行機路線が大幅に削減された中、人々の生活に必要な物流の多くを海運が担当したことはよく言われていることです。

 

図表2 ROEの変化


Astra managerデータベースより作成(上場廃止企業を含む)。

 

このように財務諸表は企業の活動を読み解くにあたって必要な情報がたくさん含まれています。金ゼミでは会計情報をどのように活用して企業の安全性や収益性および将来性を考えるかについて丁寧に学習しています。このような分析を私はよく企業の健康診断と言います。もちろん、精密検査をするためには、企業の戦略なども踏まえた深い分析が必要ですが、過去の自分や他の企業と比較することで、簡単な健康状態を知ることができます。このような分析手法を身につけることで、企業と業界そして社会を観る目を養うことができます。多くの学生はゼミでの学習内容をもとに、財務諸表から企業活動を分析する、会社決算書アナリスト試験(https://www.qepo.or.jp/exam.html)に挑戦し資格を獲得しています。

 

多くの仕事では様々なバックグラウンドや価値観を持つ人たちとコミュニケーションすることが求められます。そこで、金ゼミではグループワークにも力を入れています。学生には自主テーマを設定し、それに関する研究を行なってもらっています。研究テーマは、戦前企業の会計行動の研究といった過去を意識したものから、コロナ禍の人的整理や人的資本および日本企業のDX化に関する研究など、現在の社会が抱える課題についても積極的に取り組んでいます。

 

このような研究成果は年末の学内研究報告会や学外の大会で発信しています。たとえば、ここ数年は会計を勉強する全国の大学生のプレゼンテーション大会であるアカウンティングコンペティションに参加しています(コロナ禍ではオンラインで開催)。1980年から2020年までの40年間にわたった上場企業の決算期変更の実態とその理由について分析した研究は、この大会で高い評価を得て最優秀賞を獲得しました(http://accocom.com/アカコンホームページ/最優秀賞・優秀賞受賞チーム一覧/)。

 

今年の金ゼミでは、日本企業の低PBRといった課題に向き合ったもの、ゾンビ企業の実態、従業員持株会に関する研究、リース会計基準に対するコメントレターをテキストマイニングする研究など、ユニークな研究を実施しました。残念ながらアカウンティングコンペティションでは受賞には至りませんでしたが、1年間の活動は各自の成長に繋がり、来年の活動の種になったと確信しています。

2025年1月6日月曜日

チリの現状を明解に描く巨匠によるドキュメンタリー『私の想う国』

 流通マーケティング学科の丸谷です。68回目の執筆です。私はグローバル・マーケティング論(簡単にいうと海外でどのようにマーケティングを行なっていくのか)を専門分野にしているので、グローバル・マーケティングにおいて重要である海外事情について学習できる映画について紹介してきました。今回は授業でも毎年デモとりあげている南米チリの現状を描いた映画『私の想う国』をとりあげます。

本作は201910月に起こった大規模デモと従来の既存政党の支援を受けずに誕生したボリッチ政権誕生までを描いたドキュメンタリー映画です。チリは南米初のOECD加盟国であり、OECD加盟は先進国の仲間入りと言われる中で、新自由主義を採用した南米の優等生としてみられてきたチリの負の側面について描いた作品です。

デモに参加する女性たち

© Atacama Productions-ARTE France Cinema-Market Chile

巨匠パトリシオ・グスマン監督は19731990年のチリピノチェト軍事独裁政権を批判する作品をこれまで発表してきました(詳細は、経営学部ブログTKU Business Weekly Blog・・・東京経済大学経営学部ブログ: 映画『夢のアンデス』:チリ軍事独裁政権の遺した新自由主義の負の側面について描くを参照)。

精力的に作品を発表し続ける巨匠パトリシオ・グスマン

© Atacama Productions-ARTE France Cinema-Market Chile


『私の想う国』では、ピノチェット軍事政権後の30年間でたまった民衆の不満が巻き起こしたチリの女性たちの姿を描くことで、当事者間が薄れることで従来の彼の作品に比べて、目線が客観的となり、彼女たちへのエールを感じる、わかりやすい作品となっています。

熱狂の中誕生したボリッチ政権は映画で描かれる大規模デモの成果として設置された憲法改正のための制憲議会による憲法改正案が国民投票で2022年9月に否決されるなど、なかなか成果を出せていません。

しかし、家父長制という多くの中南米諸国において現前と維持されている状況を理解するのに有用な作品と言えます。グスマン映画の最高傑作はいうまでもなく、263分の超大作『チリの闘い』ですが、さすがに長尺かつかなりハードなシーンがあるため、少しハードルが高いかもしれません。

『私の想う国』は83分とコンパクトであり、内容も皆さんにとっても身近な地下鉄料金値上げといった出来事をきっかけとした学生や女性たちによるデモであったりして、グスマン作品の入門編として共感しやすく、良質な作品です。

(文責:流通マーケティング学科教授 丸谷雄一郎)